ぶっくま

あさのが読んだ本の備忘録

街とその不確かな壁

 村上春樹の小説世界は森だ。6年ぶりの長編小説『街とその不確かな壁』のハードカバーを開け、最初の一行を読んだ瞬間に森の中に迷い込んだ感覚を覚えた。薄暗く霧がかかったような文章の森の中をおそるおそる進んでいく。輪郭のおぼろな登場人物。謎めいた言葉と出来事。そっと置かれるユーモアと比喩。最初のページをめくる頃には、僕はすっかりその森に住民登録を済ませていた。

 物語は夢と現実の世界を行き来する。時間があったりなかったり。影があったりなかったり。二つの世界は無関係なようで、どこか深い記憶で繋がっている。どちらの世界でも主人公は図書館で仕事をする。知が集積する場所と夢の記憶。そこに何か世界の秘密が隠されているような想像に掻き立てられ、項をめくる手が止まらない。

 明瞭なテーマやメッセージはない。しかし、森の奥深くにひっそりと隠されている世界や人間の秘密の気配を追いかけずにはいられない。村上春樹が作り出す森には人を誘い込み、出口のない回廊を彷徨わせる巧妙な罠が仕掛けられている。森の住民になるのは簡単だ。本のハードカバーをめくるだけでいい。最初の一行を読めば、誰でも村上春樹の森の住民になれる。『街とその不確かな壁』は期待を裏切らないはず。

 

 

街とその不確かな壁

 

Amazonで読む

楽天で読む

 

書籍紹介

著者紹介

powered by openBD API